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私の心が動いた言葉

私の心が動いた言葉


「命の授業」の腰塚勇人です

今の教師という仕事
その中で私なりに子どもたちに使う「言葉」は大切にしています

その視点として
「伝えているのか」「伝わっているのか」
「子どもたちためなのか」「自分のためなのか」
「何が伝わってほしいのか」「何を伝えてしまっていいるのか」
 →メラビアンの法則
「冷静か」「感情的か」
「自分の言葉か」「人の言葉か」などなど

子どもと話すときは気にかけています

なぜなら言葉一つで人は
思いっきり成長や夢のスイッチが入ってしまう時もあれば
自殺してしまうこともあるから

私も言葉のエネルギーは自分の事故の体験より強く感じました

私に生きる勇気や夢への一歩を踏み出させてくれた言葉もあれば
人を不信にし、自分を縛りつけた言葉もあります


今の仕事に着くきっかけは

高校3年生の時、女バスの顧問で体育の先生の一言がきっかけでした

バスケットでは全国大会まで行ったものの
成績は赤点が数学と物理の2つ・・・

劣等感の始まりはいつから?
高2・・・
それなのになぜ理系に???って今思うと笑ってしまいます

それは、小学校1年生の時からの夢があったからです

小学校1年生のとき父と母は一軒家を購入
その時から母はローンの返済のためパートに
私は鍵っ子に・・・

さびしくて仕方ありませんでした

私にとって家は母親を奪った敵でした

だからその時決めました
「建築技師になって自分で家を建てると!!」

その夢を数学・物理が「2」になっても持ち続けていました
それともう一つ「男クラ」を経験してみたかった思いが強くありました

男クラの夢は叶ったものの、建築技師の夢は
部活を言いわけに夢のまた夢に・・・

困り果て女バスの先生に相談へ
信頼していた先生だったので、今の現状を正直に話し終えたとたん

「腰塚、あんた学校好きでしょう」「先生向いてるよ!!」

極めつけは「一緒の職場で働けたら嬉しいな!!」でした

この言葉にやられました
小一から持ち続けていた建築技師の夢が一瞬で体育の教員に!!

何の自信や確信があったわけではありません

ただ大好きな先生に言われたから
それだけだっだ気がします

でも「この先生と一緒に働きたい」って思ってしまったから
体育の教員になるしかなかった
なりたかったんです

それで本当になれてしまいました
私は中学だったので一緒に働くことはできませんでしたが
先生は喜んでくれました

今確信していることがあります
夢実現のための最短の近道は

その夢が「大切な誰かのため」と思えると
ものすごいエネルギーが生まれ努力ができてしまうということ

その大切な誰の中に
自分の心を揺さぶった一言をくれた人もいます

私のメンターである望月俊孝さんhttp://ameblo.jp/takaramap/ が
私に言ってくれた一言は今でも私の宝物です

「近いうちに同じステージに立てるから」

あの言葉を頂いてから
着実に望月さんの言っていたステージに近づいてている気がします

一言のエネルギーって本当に凄いです


友人の福島健二君がブログでhttp://ameblo.jp/kendi-f/entry-10393026283.html
「あなたの心が動いた言葉」を募集しています
協力していただけると嬉しいです

私もものすごく興味があるテーマです

よろしくお願いします

私も一言の言葉の力、大切にして生きます

聞いてくれる人の存在
話せる人の存在
言ってくれる人の存在

当たり前ではないですね


今日は妻との人生初のジョイント講演会

来てくれた方々と妻に思いを込めて話をさせていただきます


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