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優しさは強さ

命の授業

3 優しさは強さ

 優しさという言葉ほど広く深い言葉はないと思います。

私がこの体験で感じた優しさの意味は「無条件の寄り添い」です。ありのままの今を受け入れてくれる事をさしています。私自身このケガをする前の優しさは必ずといっていいほど、意図を持ったものであった気がします。相手になってもらいたい姿があったり、感じてもらいたいものがあったり、常に主導権はこちら側が持った優しさであった気がします。もっというなら優しさという名のビジネスだった気がします。

これしてあげたのに何であいつは・・・みたいな。本当は見返りなんて期待してないはずが、頭の中ではしっかり計算してたりして相手のリアクションが自分の計算と違うと頭に来たり不満や文句を言ったりしたことが度々でした。優しさという名の押売りだった気がします。

私には人生を救ってもらえたと思っているリハビリの先生がいます。その先生は常に私にリハビリの主導権をくれました。今私が思っていること、したいことを優先に考えてくれとても「聴き上手」でした。やらせ上手でした。

私の今あるすべての状況をすべて無条件で受け入れてもらっている感じがしていました。一番良くなりたいと思っているのは私自身で、そのためにしたいこと、しなくてはならないことなど「質問や疑問」が遠慮なくでき、またその答えも今その先生が言えること、できることを超えている内容であればごまかすことなく「分かりません」「できません」と言って他の先生の力を借りるという私には誠実さを感じさせてくれる先生でした。

だからこそ先生の言うことややることを素直に聞き入れることができました。その人といるとこれから先の人生やリハビリの不安より心が安定し、リハビリがしたくて楽しくてしょうがなかったです。「腰塚さんが良くなるために私はいるのだから、使えるだけ使ってください。」と言ってくれるリハビリの先生でした。心を穏やかにそして元気にしてくれる先生でした。

今まで人生の中でも同じようなことを言ってくれる人はいました。「何でも相談してね。力になるから・・・」しかし言葉より受け取れるものはその人の本心や本音の部分が実は直感的に受け取られ、質問や頼ったらジャッジされる・・・。そんな気持ちを感じたことも度々あります。そう感じた時は、決して心を開くことはできませんでした。私が素直でないのかも・・・。

     無条件とは言い換えればジャッジされる心配のないことです。全面的にバックアップされていると感じると、全面的に自己責任を負って自然に行動する気持ちになっている。そんなことを気づかせてくれ、楽しみながら成果が出る関係を教えて頂いたリハビリの先生でした。




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