第二の誕生日 ~生きているからこそ~
昨日は滋賀県で初めて、学校での講演をさせて頂きました
福祉施設、ロータリークラブなどはあったのですが
学校は初めてでそれも中学校でした
やっぱり滋賀といえばイジメの事件が頭に浮かびました
大切な命を落とすまで追いつめられていた彼の苦しさ
また周囲の方々の受けたダメージ
それを考えると心が痛みました
と同時にイジメという卑怯な行為に対して
一人の大人として、親としてしっかり向き合い
自分の子どもさえよければいいのではなく
「イジメは決してしてはいけない」
「命は本当に大切なもの」
「人は自分も周りの人も幸せにするためにこの世に生まれてきている」
というメッセージを伝えていこうと改めて思いました
昨日の中学校の生徒さんからこんなコメントを頂きました
今日来ていただいた、滋賀県の中学校の一年生です
今日の話を聞いて、命の大切さを改めて実感できました
講演を聞いたお母さんが、ハンカチが離せなかった
といっていました。
これからも頑張ってください!
応援してます!
私は、今日中学校で命の授業をした一人の生徒です
今日まで、腰塚さんの事を知りませんでした。すみません。。。
そして早速、家に帰って腰塚さんのブログとかいろいろみました
第二の誕生とアンビリバボーも見ました。
学校では泣かなかったけど家では、一人でないていました
また機会があったら中学校に来てください
コメントを読ませてもらって
久々に「第二の誕生日」を見ました
歌は心友のソングレターアーティストの
安達充さんが作ってくれたものです
歌詞を聴いてあの時の心境を本当によく言葉にしてくれていると
感動しながら見ていました
見終わって思ったことは
あの時、首から下の動かない自分に絶望した本当の理由は
そんな現状の自分でありながらも
自分の未来に「期待」をしていたから・・・
本当は自分のこと大切で大切で、周りの人のことも大切で大切で
でもそこにある現状と理想のギャップの深さと
その溝を埋める解決策が見つけられない事へ苦しさと
そして周囲の人たちへの今後かける迷惑への罪悪感と不安に
押しつぶされそうになる気持ちから
方法がいいのなどとは決して思っていないけど
全てから逃げ出したくなり、手放したくなりました
「助けて」が言えたら本当に楽だったのに・・・
今なら簡単に言えるのに・・・
そして今「生きてて良かった」でした
助けてもらっら命と人生
その後、本気でどう使い生きるか、生まれて初めて考えた時でした
2002年3月1日の第二の誕生日から
厳密には6月24日退院した日から今日ある自分の命の使い方
その意識だけは毎日持ち続け生きています
当たり前を大切にする気持ち
出会いを大切にする気持ち
その気持ちを自分が行動に移せることで精一杯するだけです
今日は午後から 群馬館林市 青少年健全育成四団体様主催
「地域で子どもたちを育てる」で話しをさせて頂きます
きっかけは今年2月に
館林市の小学校で講演をさせて頂いた時だそうです
今日も精一杯、今を生きます
ご縁に感謝です
第二の誕生日、たまに見るとイイ感じです(笑)
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