気もちの豊かさを持つ人間に(福島県 一般)
私は子どものころから、自己犠牲は美学のように教えられてきました。そのため、自分の心が悲鳴を上げそうな時でも、自分では我慢をしていたつもりです。自分では気づいていないだけで、周りには枯れ切った気もちの湖を見せていたのかもしれません。
これからは、もう少し自分自身の心にも耳を傾けて、自分にも優しくありたと思いますし、気づかない演技で人と接するのではなく、心の底から相手を受け入れる気もちの豊かさを持つ人間に日々成長をしていきたいと思います。
ありがとうございました。
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