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昨日は、母の83歳の誕生日

私を24歳で生んでくれた母

昭和16年、西暦1941年生まれ

この年の12月に、日本軍は真珠湾攻撃をし

東=アメリカに向かわず

アジア戦略を続けていれば

もしかして・・・山本五十六長官・・・

山形に疎開をしていたようですが

戦争、終戦、復興という

厳しい時代に産まれ、生き抜いてきた母

戦争を体験したことのない私には

考えられない、リスクだらけの中で

◯◯のためにという、ある意味

自己犠牲と我慢を生きる力の源としていた

時代でもあったせいか

私が生まれたあとも

「お母さん、あなたたちのために頑張るから」

が口ぐせで

子どもながらに、母親を痛く、苦しく

重荷に感じることもあり

頑張ることは、肉体労働だけなのか・・・とも

しかし、母にしてみれば

それが自分の勲章であり、生きてきた証

今も、子どもに迷惑をかけないように生き

特養にいる父親を、どうしたら家に戻せるか

考えている母

自分の老化と折り合いをつけ

毎日を生きるので精一杯なのは

自分が一番分かっているんです

でも何かに頑張っていないと・・・

それが母の生き方

だったら、いつも頑張ってくれて

家族を想ってくれてありがとう

これでOKですし 

「そーなんだ」「そう考えているんだ」と言って

私も聞き流すこともたくさん😅

母にいい人生だった・・・と

少しでも思ってもらと

今できることを考える日々です

それにしても、父も母も元気で丈夫

生命力は半端ないです

私も受け継いでいるかも・・・😅

まずは孫の成人式と

父の90歳、私の60歳まで頑張るそうです

頑張れ、お袋‼️

まだまだ大丈夫😃

誕生日、おめでとう㊗️

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