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見ようとするもので見えているもの

見ようとするもので見えているもの


「命の授業」の腰塚勇人です

先日、セミナーで
10数枚の絵を参加者一人ひとりが持ち
その絵を他の参加者に見せることなく
口頭で説明し他の方との前後の絵の関連性をさぐり
10数枚を横に連ねて一つの絵にする
というワークをやりました

言葉だけで絵の説明をして関連を性を知る
これ自体、結構難しかったのですが

たくさんの気付きがある中で
私にとってとても大きな気付きの一つが

その参加者の中でも
見ている視点が違いそれに伴う言動が違うということでした

ある方は自分の前後の絵を持っている方を知れば、
そこから先はあまり積極的でなくなり

またある方は自分の前後だけではなく
10数枚の絵が一つの関連性をもった絵に完成するまで取り組む
といった感じでした

この時、
これって
教育現場でも
医療現場でも
家庭での子育てでも
同じことが起きてる・・・

教師やドクター、看護師の方々、そして親はあるいみ
経験や知識の中から全体像や長期的スパンの中で起こりそうなことや
最終のゴールや今すべきことを相手のために
生徒たち・患者さんたち・子どもたちに
伝えていることが多いと感じました

しかし逆に生徒たち、患者さんたち、子どもたちは
「今」欲しい情報、言動は
「今」自分の身近な欲求を満たしてくれるものであることが多く

お互いに噛み合っていない・・・
話が通じていないと感じ・・・
腹を立てたり、不信を抱いたり・・・

どちらが悪いとかではなく
お互いが見ている視点が違うということ

そのことによって自分が手に入れたい欲しいものや
欲しい情報の違いから起こるズレやストレス的感情でした

やる気にさせる
その気にする

良く使う言葉ですが

それは相手が何を見ていて、何を感じ
何を欲しがっているのかを知ることからなのだと感じました


分かっていたつもりでも
なかなか忘れがちな視点だな~と・・・

「なんでわかんないかな~」
「考え方が違う・・・」
挙句の果てには「あいつは・・・」と決めつけて
自分の中に起きたストレスを解決しようとしている自分がいたことに
気付くことができました

考え方が違うというより
「見ている視点が違う」

これだけで相手の方との関係性やお互いに伝わるかといわれれば
・・・なところもありながら

人との関係性において大切な考え方の一つであると感じました

相手の方が「今何を見ている」
そして自分も「今何を見て生きている」

今日一日、意識して生活してみようと思います


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