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自分で何もできない子どもたちの二極化

自分で何もできない子どもたちの二極化


「命の授業」の腰塚勇人です

最近、学校で講演する中
校長先生や教頭先生、学年主任の先生から良く耳にする言葉があります

それは子どもたちが
「二極化している」

近頃では経済的視点からの
生活水準での二極化という言葉は良く耳にするようになりましたが

学校で起こっている二極化
それは「何も自分でできない子どもたち」という意味での二極化でした

全員が・・・一概に・・・というわけではないにしても
何人ものも先生から聞いた話としての現場の実態と私の経験からも

あるよな~・・・と思うところがありました

どういう事かというと
一つは「もうどうでもいい・・・」と投げやりになり
自分の事に無気力状態な生徒たちが増えてきているという現状

そしてもう一つは
自分でしなけれればならないことを全て
人任せにして生活しているの生徒たちの急増だそうです

すなわち自分で物事を考えず、行動できない子どもたちが
二極化的に急増しているということです

それぞれの生徒たちがそのような状態にいくまでには
色々な彼等を取り巻く環境が大きく要因として関わり
今の彼等の人間性を形成していることは誰にも分かります

その中でやはり家庭での子どもの教育力も一つの要因だと感じています

評論家的に言うつもりはありません
教師側に立って保護者の方を批判するつもりもありません

一人の大人として、親として
そして子どもたちの教育に携わってきた者として
感じること

やはり学校であろうと家庭であろうと地域であろうと
子育ての目的は自律であり自立だと私は思っています

どのような生き方を自分が選択し生きていくのか
すなわちそれは世の中にはどのような生き方があるのか
そしてその生き方をするにはどのような考えを持ち行動するのか

自分で考え、行動できる前に知識や体験の積み重ねとその機会の提示も必要な中

私自身その根元にあるものは「愛情」と「信じ任せる」ことだと感じています


そのどちらかが、もしくはどちらともが欠落しはじめた結果としての
投げやり、無気力状態の子どもたちの急増
そして依存の中で生きる子どもたちの急増に繋がっている気がします


息子の姿を見ながら、自分の事に置き換え昨日の夜は考えました


そうしたらこんな言葉が思い出されました

「親」という感じは「木」の上から「立」って「見」る

「信」とは相手を信じることより、自分が決断すること


学校で管理職の先生と話をさせて頂き、生徒さんたちに講演後
帰り車のラジオから

今年度の自殺者数が10年連続で3万人を超え
一日で80人以上の方が亡くなっている・・・

その中で増えているのが
就職や受験失敗で自殺をしてしまう方だそうです

なんだかやるせなくなりました・・・

たくましさ・・・失敗や逆境の経験からつけることのできる力なのに
その体験が人へのそして自分への愛や感謝に変わるのに・・・

悔しいです
今自分できること、大人として親として考えます

これから中学生に講演です
そしてその後、明日の講演のため北海道へ移動します

感謝を込めて


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